歩く町 外町-とまち-

外町(町人町)

角館は1620年、この地を統治していた芦名義勝によって造られた城下町です。
町の中心に「火除け」を設け、ここを境に内町(武家町)と町人の住む外町(町人町)に町割りしました。
以来400年、町の繁栄と歴史を伝える外町の蔵や商家、史跡を訪ねてみませんか。

JR角館駅(スタート)

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すぐ

仙北市観光情報センター「角館駅前蔵」

JR角館駅前にある、角館散策の拠点となる観光案内所です。
この蔵造りの建物は元は農協の倉庫で、昭和7年(1932年)に産米の収納貯蔵を目的として建てられました。昭和40年代からは鉄道輸送から道路を利用した運送に変わり、駅に隣接した倉庫は不要となっていきました。
この農業倉庫は、旧生保内線全盛期に建てられ、秋田新幹線開通を機会に保存修景を加え再び活用されることになった記念的建物です。
 


関連情報

仙北市観光情報センター「角館駅前蔵」
住所:〒014-0369 秋田県仙北市角館町上菅沢394-2(角館駅前)

 
 
 
 

約7分

松庵寺

松庵寺は、今宮家と田町に住む武士団の菩提寺です。
「解体新書」の解剖付図を描いた角館の武士「小田野直武 顕彰碑」山門近くの右手に建っています。平賀源内にその才を見い出され、江戸に出て秋田蘭画の発展にも貢献しました。
本堂裏の墓地には「絶学源真信士」と刻んだ小さな墓があります。これが小田野直武の墓で、彼の栄光と悲運の交差した人生を物語っているようです。
 

 
 
 
 

約3分

天寧寺

会津若松市に天寧寺というお寺がありますが、この寺はそこから分かれたものです。
角館は、佐竹北家が支配する前50年ほどは芦名氏の支配でした。
芦名氏というのは元は会津の黒川城主で、天寧寺は芦名氏の菩提寺になります。

天寧寺の山門は寛政3年(1791)に建立され、角館城の門を移築したものと言われています。また、三代で断絶してしまった芦名氏の墓所が本堂裏手にあり、今もなお手を合わせに訪れる町民もおりますが、芦名三代は静かに眠りについています。

 
 
 
 

約3分

五井家(外観のみ)

藩政時代の豪商で、藩の御用商人でした。
もともとはづ藤原氏で、京都のお公卿さんでした。正五位という位を賜っていたのですが、位のイが井戸のイに変わったという事です。

五井家は、解体新書の解剖図を描いた角館の武士伊小田野直武が平賀源内と出会った場所です。宿泊の際に部屋に飾られた屏風絵を見て、直武の画才を見出したのが平賀源内でした。源内は秋田藩主佐竹義敦(曙山)の許可を得て、直武を江戸の自宅に招き、早速解体図の制作に取り掛からせました。解体新書が、日本の学術の発展にいかに貢献したかを想えば、この五井家は歴史的な場所になったと言えます。

 
 
 
 

約5分

成就院 薬師堂

角館の今の勝楽町が勝楽村だった頃、薬師如来を祀る村の鎮守があって「峰の薬師さん」と呼ばれていました。
角館城主 戸沢能登守が眼病に罹った時、この峰の薬師さんに祈願したところ霊験あらたかで治癒したので、城内に薬師さんの遙拝所を建てて祈願したところ諸願が成就したので成就院薬師堂と呼んだといわれています。
千年以上も角館の土地と人を守ってきた薬師さんを、町民の心は離すことなく毎年9月8日宵祭りに、9日を本祭りとして全町あげての曳山が参拝し、薬師堂の神輿が巡行されます。

薬師堂の裏手には「報身寺」があり、戦国時代に統治していた戸沢氏ゆかりの寺です。元和6年(1620)に芦名氏によって現在地に移り、五井家を始めとする角館の大商人の墓があります。お時間があればぜひ…

 
 
 
 

約2分

常光院

江戸時代に角館を支配した佐竹一門の筆頭、佐竹北家の菩提寺です。
山門は宝暦3年(1753)に建築されたもので、この町で最も古い山門です。隣りの報身寺の山門もほぼ同じ頃の建築になります。
また、本堂は宝暦3年(1763)の建築で風格があります。庫裏の裏が佐竹北家の墓所になっていますが、公開されていませんので立ち入る事ができません。

戊辰戦争の戦場となった角館は、九州諸藩から援軍を得て勝利しました。明治の初年に角館やその周辺で戦死した武士達が葬られています。長州や平戸、大村、薩摩、小倉の応援兵の墓ですが、後に大村藩の戦死者は大村の官軍墓地に移されています。
それ以外の戦死者は故郷から遙か離れたこの地で、今も眠り続けています。

 
 
 
 

約3分

イオヤ(外観のみ)

伊保商店(通称イオヤ)です。
大正13年(1924)に建造された当時としてはとても珍しい三階建ての洋風建築です。周囲はお寺が多いので、町の中でも目を引いた建物でした。
雑貨屋で、品数も多くこの店で買えない物は無いと言われたほどです。

 
 
 
 

約3分

樺細工 八柳

明治9年(1876)創業で、大正時代に下駄に初めて樺細工を施し、製造販売を始めました。毎年2月~3月に開催される「角館雛めぐり」では大正風の店のウインドーや奥座敷に雛人形が展示されます。
外装と内装は昭和初期に店舗改装されましたが、歴史的雰囲気を醸し出している模範的建築物であり、優れた景観の創出に寄与しているとして平成16年度「仙北市ふるさと景観賞」を受賞しています。


関連情報

樺細工八柳 下中町店
住所:〒014-0318 秋田県仙北市角館町下中町2

 
 
 
 

約2分

たてつ家

現存の建物は、明治33年に建てられたもので、商家の風情を現代に伝えています。
商家特有の奥行きの長い土間には奥座敷があり、代々受け継がれてきた雛飾りをはじまてして、その季節ごと楽しめる展示もされています。
土間の奥には内蔵があり、蔵の中にはたてつ家(田鉄家)の先祖が実際に使用していた趣味や生活用品などを「外町資料館 たてつ」として無料公開しています。この蔵には貴重な平福穂庵筆の押絵の原画も展示されています。


関連情報

角館桜皮細工センター本店(郵便局通り店)たてつ家
住所:〒014-0318 秋田県仙北市角館町中町25

 
 
 
 

約3分

坂本家(外観のみ)

明治43年(1910)に建造された、角館町のなかでも珍しい蔵造り、瓦葺きの店舗です。
会津地方の土蔵店舗を真似て造られたようで、二階建ての漆喰蔵は、二階が倉庫、一階は店の他薬品を蓄える地下室もあったそうです。
瓦屋根が角館に少ないのは、冬に屋根に積もった雪が滑り落ちる時に一緒に瓦も落ちてしまうためでした。この坂本家では、冬になると屋根に筵を敷いて雪の滑り落ちるのを防止しています。軒先にある昔の看板が、味わいがありますね。
 

 
 
 
 

約3分

金大薬局・カネニ などの町の蔵(外観のみ)

岩瀬町から下新町にかけては昔ながらの蔵を見ることができます。
多くの家の蔵は家の裏にあったり、家の中に造る内蔵だったりする為、道路に面して見える蔵は多くありません。昔は角館に200ほどの蔵がありましたが、年々数が減り50位かもしれません。
町を散策しながら、蔵造りの建物を探してみるのもオススメです。

 
 
 
 

約1分

藤木伝四郎商店

江戸時代 嘉永4年(1851年)創業の樺細工の老舗です。
秋田県仙北市で作られている伝統工芸品の樺細工は、山桜の樹皮を使用し作られます。山桜の樹皮は、剥がしても再生する環境にやさしい素材で、剥がして十分に乾燥させたのちに茶筒や箱、箪笥やトレーなどに加工されています。
江戸時代末期の蔵を改装し、樺細工販売とギャラリー店舗をオープンしました。


関連情報

藤木伝四郎商店
住所:〒014-0300 秋田県仙北市角館町下新町45

 
 
 
 

約3分

安藤家

嘉永6年(1853)創業の味噌醤油の醸造元です。
明治15年(1882)の夏に火災で土蔵の一部を残して全焼してしまいました。その後早速再建が進み、母屋は明治17年に、蔵座敷は明治24年に完成しました。
火災に強い煉瓦造り蔵は、内部がお座敷になっていて土蔵の外側を煉瓦で囲んでいます。
店内にはいるとい土間に続く部屋があり、町家の一般的な形で、道路側から店内奥に向かって「ミセ(店)」「オエ(中の間)」「台所(居間)」と部屋があります。土間を挟んだ向かいに帳場があったそうです。
現在この煉瓦蔵と母屋の他に文庫蔵も無料で公開されています。


関連情報

安藤醸造 本店
住所:〒014-0315 秋田県仙北市角館町下新町27

 
 
 
 

約6分

角館總鎮守 神明社

角館町の総鎮守でお伊勢堂とも言い、御祭神は天照大御神です。
戸沢氏の崇敬を受け、元は城廻り(古城山の麓)にありましたが、戸沢氏転封後は田町山へ遷宮し、さらに享保16年(1731)に現在地に移りました。
ご神体は伊勢神宮の御遷宮の時の社殿の材料を一片、箱の中に砂を敷いて立ててあると言う事ですが、見た人はいないようです。
神明社のある神明山の南の山続きに一段高い山があり、天神様が祀られています。この山には大村藩の少年鼓手 浜田謹吾の銅像があり、戊辰戦争の岩瀬川原の古戦場を見据えています。

毎年9月7日~9日に行われる角館祭りのやま行事では、7日に例祭と宵宮祭が8日には神幸祭が執り行われます。

 
 
 
 

約10分

旧角館製糸工場と太田家の蔵(外観のみ)

明治44年(1911)から大正7年(1918)まで操業していた製糸工場の建物が残っています。秋田県の有形文化財に指定されているこの建物は、流れ作業がし易いように細長く造られています。天辺の小さな屋根の窓、壁の上の方の窓は明り取りと通風のために設えました。糸を作り、布を織るための女工さんが大勢働いていたそうです。
武士の生活は優雅に思われますが、実際は苦しいもので角館では武士の内職として、樺細工の他に、養蚕、製糸、絹織物も盛んでした。

製糸工場の隣りには太田家の蔵があり、大きな木造の建物の中には蔵が二棟納められていて、普段は見ることができません。イベントなどで開放される機会にぜひご覧ください。

 
 
 
 

すぐ

田町武家屋敷通り

角館には武家屋敷通りが二か所にあります。内町と呼ばれる観光スポットが皆さんが訪れる佐竹北家支配の武士団が住んでいた区域になります。この田町は佐竹一門の今宮家の居住エリアでした。佐竹氏が二つの武士団が存在させたのには、互い同士を監視させ、反乱を防ぐ目的がありました。
現存する武家屋敷はありませんが、今でも武家の末裔がたくさん住んでいます。高い樹木が鬱蒼と茂り、薬医門や棟門、冠木門などいろいろな種類の門が見られ、かつての武家屋敷があった雰囲気を十分に味わえる通りとなっています。


関連情報

田町武家屋敷通り
住所:秋田県仙北市角館町田町

 
 
 
 

約4分

西宮家

もとは今宮家支配の武士の家柄でした。30石程度でしたが、幕末から経済的に力をつけてきて、150町もの土地をもつ角館町を代表する大地主になりました。
西宮 藤剛は明治22年(1889)に町村制が施行されたときの初代町長で、その後も二回町長に就任しており、町にとって大きな実績を残しました。
現在蔵が五棟残っており。その堂々たる構造は往時の盛況振りと偲ばせます。これらの蔵はレストランや資料館、ホテル、物産の販売などに利用されています。


関連情報

あきた角館西宮家
住所:〒014-0311 秋田県仙北市角館町田町上丁11-1

 
 
 
 

すぐ

新潮社記念文学館

角館総合情報センターに教育施設や図書館、「新潮社記念文学館」が併設されています。
文学館や図書館には、国内有数の出版社である新潮社の出版物が数多く寄贈されています。というのも、新潮社を設立し初代社長となった佐藤 義亮(1878~1951)は、角館町の岩瀬町出身だったからです。大正9年(1920)郷里角館町に図書館が設置されたのをきっかけに「郷里の人々に、たくさんの本を読んでもらいたい」と自らの蔵書と社の出版物を寄贈したのは大正11年(1922)のことでした。

新潮社記念文学館は、新潮社を創設した佐藤 義亮の顕彰を目的に設けられ平成12年(2000)4月にオープンしました。


関連情報

新潮社記念文学館
住所:〒014-0311 仙北市角館町田町上丁23

 
 
 
 

約7分

JR角館駅(ゴール)